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戦国武将達の経営運勢・・・◇織田信長と前田利家

■織田信長と前田利家


<織田信長の運命式>


31 23 32
26 40 14
35 17 22


<前田利家の運命式>


24 14 21
19 31 12
26 17 22


●信長と利家


信長という人は暴君で破壊者というイメージが強いし、利家は加賀百万石の創設者というイメージで定着していることと思います。はたしてそうでしょうか?


そうは言っても、信長は比叡山延暦寺を焼き討ちして、坊主を皆殺しにしているし、なんといっても明智光秀をいじめて、妹の旦那浅井長政のドクロで作った杯を持ってこさせ、それを明智光秀に飲ませたなどと、語ればきりがありません。


でも、一方では楽市楽座を始めたりして創造的なことをしているし、桶狭間の電撃的な勝利は見事というよりほかにありません。でも、本能寺の変であの世に行っちゃいました。


そういう信長の配下にあって、秀吉の陰に隠れて目立たないけれども、気がついてみると加賀百万石を領して、居並ぶ戦国大名の中で確固たる地位を築き、加賀百万石文化の礎を築いた男になったのです。 全然格が違うようですけど、そういう信長と利家を比較してみることもおもしろいと思います。


●そこで、彼らの運命式を観てみましょう!


<織田信長の運命式>


31 23 32
26 40 14
35 17 22


17 13 19 20 8 4 19 20
16 17 23 19 7 8 23 19


<前田利家の運命式>


24 14 21
19 31 12
26 17 22


17 13 21 18 17 13 21 18
18 15 23 19  9 15 23 19


●この二人運命式は全く違うように見えますが、実は隠れキャラがあってそれは実によく似ているのです。どういうことかといいますと、内面的な世界でこの二人は双子の兄弟のようによく似たところがあるというのです。


それでは、この二人の全く対照的な人生の結末はどうしてなのでしょうか? その秘密は、女にあり! というわけです。 「なんだ、戦国の武将で妾のない人なんて希有ですから、女の一人や二人当たり前でしょう」とお思いの方は、その恐ろしさを知らない方です。別に、女性が怖いという訳じゃあなくて、この二人に共通していることは、一人の女性が運命を決めたということなのです。 そのことが、結果的に日本の歴史に影響を与えてしまったのです。 そういう影響力を女性が持っていたということなのです。


●「陽と陰の相対的関係」ちょっと難しい言葉だけど、要するに男と女の出会い、結びつき、付き合い方といったことなんだけど、これが大変な力を発揮したということなのです。 どうしてかというと、この二人が共通した特殊な運命式を持っていたということなのです。


●二人の特殊の運命式で愛情運が運命式に方向付けをする決定的なエンジンになったということなのです。 この特殊な運命式、地に潜れば龍となって悪さをし、天に昇れば恵みの雨を降らしてくれるというように、天国にも地獄にも通じるのです。 その違いは、変わらない愛情を受け続けられるかどうかということなのです。もし、裏切られれば、その恨みは末代まで、その執着は終生たえることなくどこまでも続くという恐ろしいけれども、素晴らしいエネルギーを持っているのです。そういうエネルギーを持った信長と利家ですが、 信長には、「生駒のお方」という女性がおりましたし、利家には「おまつ」がおりました。 そのまま行けば、この二人、功なり名を遂げてそれなりの武将で終わったかもしれません。しかし、歴史を司る運命の神は、この二人の運命式にくさびを打ち込んだのです。 「生駒の方」が途中で病死してしまったのです。 ここから信長の運命式は陰となり地獄と化し、利家の運命式は陽となり極楽への道を進むようになってしまったのです。


●この運命式、語り尽くすことのできない内容を持つのですが、よく言われる桶狭間の戦いの勝利は、奇跡でも偶然でもありません。これは実に計算され尽くした信長の戦略の大勝利なのです。決して蛮勇でもなく、たまたま運が良かったというわけでもありません。孤独な信長の知恵の戦いに天が見方をし、雷鳴をとどろかせたのです。


それほど戦略的なのです。 三千の兵が五万の兵にどうやって戦い勝利するか? 誰もが無謀と思われる戦いは、自分の故郷を蹂躙されることを彼の運命式は許さなかったのです。


籠城か野戦か!その戦略を誰にも証さず揺れる人心を掌握し(籠城か野戦か戦略がはっきりすれば、彼我の戦力差から保身のために内通するものが必ず出る)、藤吉郎をみそ買いに走らせて、今川軍には籠城と思わせ隙を作り、五万の兵を実質三千の兵にどうやってするか秘策を練ったのです。


それが桶狭間へとつながったのです。その証拠に、桶狭間の勝利の褒賞は今川の首を取った武将ではなく、今川軍が桶狭間で休息中という情報を伝えた武将に与えられたのです。


●信長は情報というものの価値を知り抜いた武将だったのです。 その信長の戦略性、奇抜なアイデアは社会運に、明らかに今川有利という中にあっての、地元住民の織田軍への協力という組織力は、彼の家庭内性格にその秘密があります。


この時期、彼の流運は孤独なリーダーを暗示しています。 何にもまして彼の運命式は、その強烈な光を放とうとしていたのです。しかし、その光が闇の光になろうとは誰が想像し得たでしょうか?


●歴史を司る神は、桶狭間以後運命のカードを投じようとしていました。「生駒の方」が亡くなったのです。ここから彼の運命式は暗闇に光を放つ闇の王へと変身を遂げていくようになります。


信長の本当の恐ろしさは、桶狭間以後決してその勝利におぼれなかったということです。何よりも最強の敵武田信玄に対しては、外交的に勝利していることです。それは彼が本当に戦略の何かを知っているからなのです。力で勝利しながらその力に頼らず、外交の戦いへと転換できるのも、彼の運命式の戦略性のなせる技でありましょう!


●その間利家の運命式はどうしていたのでしょうか? 信長の桶狭間の戦いの時には、彼は信長の同朋衆を決闘とはいえ切ってしまったことにより勘当の身でありました。まつに支えられながら、彼の運命式は未だその光を放ってはいません。


勘当の身を解いてほしいその一途さは、彼の仕事運が目的型であることを物語っています。そして、浪々の身である利家を支えたのは、まつの変わらぬ愛情もそうですが、彼の人気運が人情的な人の輪を作ることができたからです。何よりも彼の社会的な性格が人との関わりなしには成り立たなかったらです。信長と異なるところは、彼はパートナー型の性格を持っていたということなのです。 そして、何よりも彼はこの時期、信長の戦を外から眺め、その戦略性や戦い方など多くを学んだということです。また、一人深く物事を考え、書物にふれ人生の経営を考えたといわれています。これが彼の大きな心の糧になったのです。


そして、まつに支えられた利家の運命式がその光を放ち始めるのは、信長という闇の運命式がその陰光を放つことの終焉を遂げた本能寺の変から始まるのです。


●"闇はその光に勝つことはできないのです"


乱世の中で、生き抜くことは大変ですけれど、乱世であればこそ特異なエネルギーを持った人がその光を放つのです。彼らは平時では事件を起こしてその人生を棒に振っていたかもしれません。そういう意味では、時代と環境の相対圏に立つものがその光彩を放つことになるというのも真実なのです。


現代も、ある意味では時代の終末を思わせる乱世なのかもしれません。こういう時こそ、乱世の運命式を持つ人に活躍してほしいものです。 歴史を司る神が、誰かを準備しているはずです。それは、あなたかもしれません?


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