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★承久の乱は反革命と天下分け目の戦い

承久の乱を起こしたのは、後鳥羽上皇(治天の君)なのですが、どうして後鳥羽上皇は承久の乱を起こしたのでしょうか?その辺から考えてみましょう!

後鳥羽上皇は1180年7月14日、高倉天皇の第四皇子ー平清盛の孫として生まれます。安徳天皇からみれば異母弟になるのです。
この後鳥羽上皇は、後白河法皇の院宣によって天皇に即位し、自分の皇子を天皇にして上皇になっていきます。(三種の神器は安徳天皇と共に壇ノ浦の海の底に消えた)

後鳥羽上皇は個人としてはなかなか優秀な人で、文学、水泳、馬術、武芸も優れていたらしいのです。ですから今でいえば秀才といえます。秀才ですから、何でもできると思い権力をどんどん自分に集中していきます。そうすると、朝廷の政治と幕府の政治という二つの勢力は、地方で結局は矛盾がでてぶつかることになるのです。

わかりやすく言うと、こんなことがありました。
後鳥羽上皇に「亀菊」という白拍子(いわゆる遊女)がいました。上皇は、この亀菊に摂津の国の2カ所の荘園を与えていました。亀菊は荘園領主ということになります。

※豆知識
朝廷が菊の紋を使うようになったのは、この後鳥羽上皇からです。後鳥羽上皇は菊が大変好きでいたるところに菊の紋を付けていたからだそうです。ですから、推測ですが自分の寵姫(愛人)にも亀菊という名前を付けたのでしょうね!

ここに幕府から任命された地頭がいました。領主は朝廷側の人、それを治める実務官僚は幕府の役人ということなのです。ですからトラブルが起こるのは当然ですね!この地頭(官僚)が亀姫をないがしろにしたというので、亀姫は怒って上皇にうったえたのです。すると上皇は愛する亀姫のいうことですからすぐに幕府に件の地頭を解任しろと伝えます。

当たり前ですが、時の執権北条義時は直ちにこれを拒否します。ここで朝廷のいうことを聞けば、源平の大乱を起こしてまで武士の政権を築いてきたことが水泡に帰してしまうからです。誰も今まで牛や馬のように朝廷に不合理に使われることは好みません。自分たちの自由や努力が報われるために革命政権を創ったのですから、そんな上皇の寵姫(愛人)の荘園領主のいうことを幕府の任命した地頭が聞いていいはずがありません。

執権北条義時は、朝廷側に拒否の回答を渡すために武装した兵士を朝廷に派遣した。その数今でいえば大隊規模である。(兵員数1000名)要するに、武力で朝廷を恫喝したのである。こういう事がいろいろとあっては、朝廷側にも不満は募る一方であったに違いあ


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