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◇「社名 社長占い」

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◇「社名 社長占い」陽陰姓名術・始まり物語

遠山宣丞 ◆「社名・社長占い」陽陰姓名術 はじまり物語

★★貧しいけど楽しかった田舎暮らし
  田舎なので、秋には目の前の田んぼで「イナゴ捕り」を皆でしました。竹筒の口の上の方に口開きの布の袋を巻いておきます。稲にとまっているイナゴを見つけると、稲の上からその袋をさっとかぶせて包みます。それを絞り込んでいくとイナゴが自動的に竹筒の中に入る仕組みです。これでたくさんのイナゴをつかまえました。そのイナゴを佃煮にして食べるのです。これも重要なタンパク源でした。


冬には田んぼの下駄スケートで、朝早くから遊んだものです。それに、缶詰の空き缶を利用して、そこにひもを通して「かっぽ」をつくりました。ようするに空き缶の履き物です。空き缶の上にのって手でひもを操り「かっ歩」「かっ歩」と歩き回るのです。

田園風景
それから、竹馬もつくりました。竹はすぐに手に入らないので、廃材の垂木を組み合わせて竹馬もどきをつくるのです。それで、竹馬遊びもしました。
ベイゴマ遊びやメンコ遊びなどはお金がかかるので、できませんでした。それも男の子同士で遊べなかった原因でもあるかも知れません。


家では、鶏を沢山飼っていました。それは、卵を産んでもらうためです。その生みたての卵を近くの卵やさんに持って行って買ってもらうのです。
ですから、卵は貴重な現金収入でした。ということで、卵を毎日自分で鶏小屋に行ってとってくる係の僕でしたが、卵を食べたことがなかったのです。売り物の卵は絶対に食べさせてはくれませんでした。

ぶっかけ卵ごはん
僕にとっては「温かいお米のご飯にぶっかけ卵」は理想だったのです。
自転車に乗せられては、1時間くらいかけて海にも行きました。
それは、貝拾いです。アサリがよく採れた海があって、そこまで自転車であさり拾いに行くのです。それも食材確保ということでしょう。食べたアサリは、毎日家の前の道路に捨てておくのです。すると自動車が時々通りますから、その自動車に貝は踏まれて夕方には粉々になるのです。その粉々になった貝を、今度はもらってきたくず野菜と一緒に切り刻んで鶏の餌にするのです。
全部ただで鳥を飼っていたということになります。
それも手伝わされました。
たまに、もうおばあさんになってしまって卵を産まなくなってしまった鶏がでると、その日だけはご馳走でした。鶏の肉と、鶏の中に持っていた数少ない卵を一度に食べられるからです。


小学校に行って一番いやだったのが弁当に時間です。みんな結構工夫を凝らした弁当なのですが、僕だけは麦飯に梅干しだけでした。だから、弁当のふたを開けるのが嫌でした。当時は皆が弁当を「見あっこ」していたのでした。
楽しかった想い出としては一つだけあります。それは誕生日のお祝いに、お父さんがオモチャの幻灯機なるものを買ってきてくれたことです。暗い部屋に毛布をかぶせて、その中に潜り込んで電気を通すと、映像が光って見えるのです。これが何とも驚きでした。


それから、お父さんが会社から帰ってくるときに、残業で出てくる夜食のパンを残しておいて持ってきてくれることと、帰ってきて必ず抱っこして万歳をしてくれることでした。


銭湯 お風呂は銭湯です。当時は家にお風呂を持っているところは少なかったように思います。ですから、銭湯に通っていました。僕はずーとお母さんと一緒に女風呂に入っていました。一人で男風呂にはいることができませんでした。鈴ちゃんのお父さんみたいな人がいっぱいいて怖かったからだと思います。★★


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